一人の男と四人の女、ルッカ愛物語

ルッカにとあるお墓を訪ねて。続きを読むをクリック。
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前にヴァザーリの回廊で小ネタを披露したら結構ウケが良かったから・・・というわけじゃないんですが、今日もまたちょっと歴史小ネタな話題です。

 

少し前の曇天のある日、特に用事もないのでルッカに行ってきました。

ルッカに行くのはこれが三度目、前二回はまったく偶然に、たまたま駅に行って一番早く出発する電車に適当に飛び乗ったら同じ場所に着いたという(笑)

 

そんなわけで前二回の時は予備知識まったく無く町歩きをしたんですが、今回は少しだけ見たいものがありました。

 

曇天だから暗い・・・。
曇天だから暗い・・・。

それが、このドゥオモの中にある「イラリア・デル・カッレット」という女性の棺です。

棺一つがあるだけなので無料で見られる物と思っていたら・・・ちゃんと拝観料が必要でした。

まぁそれもそのはず、これを目当てにやってくる人もいる人気の棺なんです。

 

ドゥオモの中は全面的に撮影禁止だったので、中の写真がなくてごめんなさい。

代わりに、入場チケットの写真でイラリアの棺を紹介しましょう。↓

 

イラリアの棺
イラリアの棺

うーん、やっぱり見えにくいですねぇ。

興味がある人はネットで検索すると何か画像が出てくるかもしれません。

白い大理石でできた棺で、上部にイラリアの全身像が横たわっています。

まだあどけないと言ってもいいくらいに若い、大変キレイな人です。

 

この棺はヤコポ・デッラ・クエルチャという有名な彫刻家の作品で、イタリア彫刻の傑作の一つ。

・・・じゃあ、だから有名なのか?というと、実はそればかりではありません。

 

これはイラリアが亡くなった時に夫であるパオロ・グイジーニが作らせた物で、彼らの愛と忠誠の証だと言われています。

そういう所から徐々に話に尾ひれがついて、恋人たちがこの棺の前で愛を誓ったり・・・要はカップルのお守り的存在になってるらしいんです。

 

まぁ実際に御利益があるかどうかは怪しいもんですが(爆)、せっかくだからイラリアとパオロがどんな人たちだったのか、ちょっと書いてみます。

 

ドゥオモ前の回廊
ドゥオモ前の回廊

実は当のイラリアについて、詳しい記述はほとんど残っていません。

わかるのは、パオロの第二夫人だった、ということ。

 

じゃあパオロとはどんな人だったのかと言うと、こっちは結構沢山記述が残っています。

彼は1400年初頭から30年ほど、ルッカの領主としてこの町を支配していました。

かなりの派手好きで、宝石やキレイな衣服が大好き。

本人はもちろんのこと、妻にも流行を取り入れた美しい格好をさせてあげてたみたいです。

 

イラリアの棺の前で愛を誓うカップルたちには申し訳ないんですが・・・実はパオロは生涯の中で四回も結婚しています。

イラリアはその二番目の妻。

 

最初の妻だったマリア(パオロの後見人だった偉い人の娘)は、嫁いだ時わずか12歳の少女!!!でした。

 

たった12歳じゃ、とてもじゃないけど世継ぎを産むなんて土台無理な話。

おまけに彼女は結婚後すぐにペストにかかり、結局処女のまま亡くなってしまいます。

 

パオロは彼女が受け継ぐはずだった財産をもらったので、政略結婚としては上々の結果と言えるかもしれません。

それでも彼が次の嫁を探すにあたって、「次は成熟した女が良いのじゃ!!」と叫んだのは・・・しょうがないですよね(笑)

 

成熟した美しい、未婚の家柄の良い女性。

この条件に当てはまる女性を捜すべく家来たちが奔走し、リグーリア(ルッカより少し北)の公爵家の娘だった、当時24歳のイラリアに白羽の矢が立ちます。

 

こんな古本屋を見つけると、ついつい寄り道したくなりますね。
こんな古本屋を見つけると、ついつい寄り道したくなりますね。

当時の年齢で24って言ったら、かなりの晩婚ですね。

1379年、イラリアはパオロの元に嫁ぎます。

彼女はパオロに待望の世継ぎ、長男と長女を残し、わずか26歳という若さでこの世を去りました。

 

彼らの結婚生活がどんなものであったのか、現在では知るよしもありません。

実はイラリアには詩人の愛人がいて、死の床ではこの詩人に演奏させた、なんて逸話も残っていますが、確かな話ではありません。

  

パオロは著名な芸術家に例の棺を作らせ、その棺は何故か・・・今ルッカのドゥオモにあるわけです。

棺の上で眠るイラリアの像の足下には、彼女の愛犬ディアナが主人に寄り添っています。

この犬は、二人の愛への忠誠の証。

・・・確かに、この棺を見る限り、パオロはイラリアのことを愛していたのかもしれません。

あるいは、派手好き豪華好きの夫だったから、妻の棺にもそれなりにお金をかけただけ・・・かもしれません。

 

でも、話はキレイなままでは終わりません。

 

その後パオロは二回結婚し、七人もの子供を作ります。

特に三人目の妻ピアチェンティーナ(覚えにくいよっ)は9年間の結婚生活で5人も子供を産んだというのだから、この妻も相当愛されてた模様。。

むしろ最も仲むつまじく過ごした相手は、イラリアよりもこの三人目の妻だったかも? 

 

四回結婚というのも当時としては珍しくないのかもしれませんが、彼の場合は四回結婚して、四人の妻全員が若くして亡くなっています。

そんな所から、「パオロは妻に毒を盛る」なんて噂も立つようになりました。

 

噂が立つのも、無理のない話。

当時のルッカの法律では、もし夫が死ねば妻が全財産を掌握することができました。

それを怖れた夫が、適当な時期に妻を殺して・・・なんて想像する人が出てきたとしても、四回目ともなれば仕方ないことです。

 

本屋は近づいてみるとこんな感じ。
本屋は近づいてみるとこんな感じ。

彼の人生に暗雲立ちこめてくるのは、四人目の妻の死の前後から。

 

最後の妻が死亡する前年四月、パオロの腹心の部下と義理の弟が彼を裏切ります。

この辺りから彼の天下はぼろぼろと崩れ始め、最終的に彼は適当な罪状を押しつけられて幽閉され、59歳で死亡しています。

まさに諸行無常。

派手好きで豪華な生活をしていたパオロでしたが、彼の生涯は四人の妻の死と親しい者の裏切り、幽閉と、ツライことも多いものでした。

 

・・・と、こんな風に見ていくと、パオロとイラリアの二人だけを永遠の恋人たちのように取り上げるのは、何だかなぁという気がしないでもありません。

 

こっちはお菓子の屋台。
こっちはお菓子の屋台。

イラリアだけが取り上げられるようになったのは、一にも二にも、棺を制作したヤコポ氏のおかげです。

彫刻としての出来映えがあまりに美しかったため、その後のパオロの没落にも関わらずこの棺だけは破壊を免れ、一度はフィレンツェの美術館の倉庫に移されたり、教会をたらい回しにされたりした挙げ句、現在の場所に落ち着いたそうです。

 

しかし、一つ忘れてはならないことが。

それは、この棺の中にイラリアの遺体はない、ということです。

 

ルッカはどこも教会だらけ
ルッカはどこも教会だらけ

彼女の遺体はパオロのファミリー御用達教会のサン・フランチェスコ教会に埋葬されたと言われていますが、この教会も墓地も、荒廃すさまじいらしく・・・。

イラリアの遺体も、パオロの墓も、その他の三人の妻たちの墓も、現在ではほぼ確認不可能な状態のようです。

 

そんな話を聞くと、どうも彼女の棺を墓地の外に持ち出した人は、単純にその芸術的価値だけを考えていたのであって、彼女自身に思い入れがあったというわけではなさそうですね(汗)

イラリアとパオロの愛の物語という尾ひれがついたのも、かなり後になってからの話なんだろうと思います。

 

広場の回転木馬
広場の回転木馬

そんなこんなでcoccolobluとしては、愛のスピリチュアルスポットとしてこの棺を見る気にはなれないんですが、でもこのパオロという人、何となく憎めないんですよね。

 

彼のお抱え占星術師が、イラリアとの結婚を前にこんなことを予言したそうです。

「栄光と富、繰り返される家族の死。そして運命としか言いようのない不可解な没落。」

まさしく、彼の辿った人生そのもの。

 

四人の美しい妻たちを着飾らせ、宝石を身につけさせて、次々と子供を産ませた太っ腹な夫。

彼なりにすべての妻を愛していたのかもしれないけれど、不幸なことに誰一人として長生きしてくれる妻はいなかった。

そして没落。

お墓も荒らされ放題で、結局後世に残った物はイラリアの棺だけ・・・。

そう考えてみると、棺からもの悲しさが漂って見えてきます。

 

イラリアの棺は愛と忠誠の証というよりはむしろ、四人の妻たち全員の墓碑として、そして妻に次々に先立たれたパオロの悲しみの墓碑として、ルッカに佇んでいるように思われるのです。

 

一人の夫と四人の妻。

イラリアの棺から漂ってくるものは、時代と死の運命とに翻弄された、五人の男女の物語です。