ただいま、フィレンツェ。
長時間のフライトを終え、イタリアに無事帰ってきました。
たたでさえ乗り換え時間1時間とギリギリだったところに、更に飛行機が遅れて、フランクフルト空港でかなーり焦りましたが、なんとかなりました(汗)
フィレンツェへと向かう飛行機の中からは、着陸前に虹を見ることができました。
フィレンツェ空港上で虹を見るのは、これで二度目かな。
「おかえり」と言ってもらえたような気がして嬉しいです。
まだまだ時差ボケが続いているし、荷物も片付けてきれていないし、こちらの生活にすっかり馴染むにはまだしばらく時間がかかりそうです。
日本で撮ってきた大量の写真も、整理しなくちゃ。
イタリア生活も、また心機一転。
というわけで、まずは日本で撮ってきた桜の写真を幾つかアップします。
せっかくこの時期に日本に行くのなら・・・と、今回はできるだけ沢山花見をしました。
名古屋生まれなのにも関わらず、イタリア生活を始めるまで名古屋城に行ったことがなかった私ですが、生まれて初めて名古屋城での花見も経験しましたよ。
いやー、ものすごくキレイでした!
桜って、人を魅了する力を持っていますね。
春が来るたびにそわそわして、まだかまだかと待ってしまう。
咲いている間はお祭り騒ぎのように心が浮かれて、とりつかれたようにボーっとして。
でもあっという間に散ってしまう。
桜を思う気持ちは、恋に似ていると思います。
愛、とは違って、焦がれるような「恋」。
ふわふわと不安定で、ぞくぞく熱病のようで。
こんなに魅了される花は、他に見たことがありません。
大好きな梶井基次郎の作品に、「桜の樹の下には」という、ゾッとするほど美しい短編小説があります。
「桜の樹の下には屍体が埋まっている!
これは信じていいことなんだよ。」
という文で始まるこの小説は、多感な頃に読んで以来、何度も何度も読み返し、多大な影響を受けました。
咲き乱れる桜を見ると、どうしてもこの小説のことを思い出します。
桜の神秘的な美しさは、その命の期間があまりに短いがために、まるで一種の幻覚のように人の心に刻まれます。
一夜の夢、まぼろし。
花が散り、緑の葉が萌える頃には、もう全部夢だったように思われます。
でも日本人の心の中には、この幻覚のかけら、麻酔の最後の一滴のような幻視が、消えないまま確かに残るのです。
そしてまた、春が来ると、心のどこかがうずきだして、桜を求めて胸騒ぎがしてくる。
春が来て、桜に恋い焦がれる自分を感じると、あぁやっぱり私は日本人なんだなぁと思います。
イタリアでは新学期が始まるのは9月ですが、桜を見ちゃうと、日本人としてはやっぱり今が心機一転新しいことを始める時期のような気持ちになりますね。
そんなわけで、また新しい出発のような気持ちで、イタリア生活に飛び込もうと思います。
行ってきます、日本。
ただいま、イタリア。
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怪盗キッド (Tuesday, 24 April 2012 13:00)
教えて頂いたカメラ屋さんで買う事が出来ました。有難うございました。ゴールデンウィークのお仕事応援してます。イタリアの空気を吸えるのが羨ましい限りです♪
coccoloblu (Monday, 30 April 2012 20:53)
怪盗キッドさん
お目当ての物が見つかったようで良かったです。
今回は力になれず、申し訳ありませんでした。
またぜひ、ブログを見に来てくださいね♪